日本における過去15万年間の森林火災量とその変動メカニズムを明らかに
ポイント
?アジア北東部で初の研究成果 ??
?琵琶湖の堆積物(過去15万年分)に含まれるミクロサイズの炭を調べたユニークな研究
?森林火災は2万年周期で増減 ← 地球の軌道変化に伴う春季日射量との相関
?日本における森林火災は過去を通じて春に多い
?寒冷な時代には森林火災は少ない
概要
大阪市立大学大学院 理学研究科 人類紀自然学研究室の井上淳(いのうえ じゅん)准教授らのグループは,過去15万年間の琵琶湖の堆積物に含まれる微粒炭(森林火災の際に生じるミクロサイズの炭)の量を調べ,日本における長期間の森林火災の増減傾向とその要因を初めて明らかにしました。 この研究により、少なくとも日本の中央部での比較的温暖な時代には森林火災の増減に約2万年の周期性が認められ、森林火災の増減は春の日射量、植生タイプ、氷期?間氷期サイクルに伴う気温変動によって決定されていることがわかりました。また氷期の寒冷な時代には森林火災の発生が少ないことがわかりました。以上のことから、過去15万年間の多くの期間、森林火災が発生した主な季節は現在と同様に春であると考えられます。
本研究の成果は2017年11月20日(英国時間)に国際学術誌 Quaternary Science Reviewsにオンライン掲載されました。
研究の背景
近年、一部の地域では大規模な森林火災が増加しています。さらなる温暖化などに伴い、森林火災の発生や拡大が将来どのように変化するのか、関心が持たれています。将来予測を行う上で重要なデータの1つとなるのが、過去の気候変動などと森林火災との関係です。文書記録ではこうした記録はせいぜい数百年間に限られるのに対し、湖などに貯まった堆積物は、長ければ数万年?数十万年間の記録を提供します。そこで、本研究では長期間にわたって安定的に泥が堆積している琵琶湖の堆積物に着目して研究を行いました。
研究の内容?方法
本研究では、2007?2008年琵琶湖掘削プロジェクト(代表:竹村恵二、京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設;掲載論文の第三著者)により採取された、過去15万年間の湖底堆積物に含まれる微粒炭(右写真参照)の量を調べました。微粒炭は森林火災で植物が燃えた際に発生する微細な炭(数十ミクロンサイズの炭)で、その量の変化は大まかな火災量の増減を示します。各時代の微粒炭量と堆積物の花粉分析などから明らかにされた過去の植生、地球の公転軌道や自転軸の傾きの周期的変化から計算された琵琶湖での日射量変動、そして氷期?間氷期サイクルと呼ばれる全世界的な数万年から十万年スケールの気候変動とを比較しました。
5万年間の琵琶湖堆積物の微粒炭量と、琵琶湖での春の日射量
(日射量はPast 3 software; Paillard et al., 1996を用いて算出)
その結果、①氷期の最寒冷期(約13?15万年前,約3?2万年前)には森林火災は少ないこと、②約13万年前?4万年前の比較的温暖な時代の火災量は約2万年の周期を持つこと、③春の日射量が大きく、スギなどの温帯性針葉樹が優占する時期に火災が多く、逆に春の日射量が弱く、落葉広葉樹が優占する時代には火災が少ないことがわかりました。
現在の森林火災は春に多く発生しますが、それは適度に温暖で降水量が少なく乾燥しているためです。長期的な森林火災の発生が春の日射量と対応しているのは、春の日射量が増大する時期にはリター(地上にある落ち葉,枯れ枝など)が乾燥しやすく、春に燃えやすい状況にあったためと考えられます。このことから、過去約15万年間を通じて、森林火災は現在と同様に主に春に発生していたと考えられます。氷期の寒冷期には春の気温が低下し、さらに春に積雪が残りやすい状況下でリターが乾燥しにくい状況にあったため、森林火災の発生が年間を通じて少なかったと考えられます。また、スギなどの針葉樹は広葉樹と比べて燃えやすいことが知られており、こうした各時代の植生の燃えやすさも長期的な火災量に影響していたと考えられます。
約1.5万年前以降の堆積物には大きな炭が多く認められました。こうした炭の増加には、縄文時代の琵琶湖沿岸域の人間活動が関連している可能性があります。
本成果により期待できること
本研究成果は、15万年間を通じて森林火災は現在と同様に主に春に集中していたことを示したもので、日本の森林火災の発生を長期的に考える上でも春の気候条件などが重要であることを示しています。また、地球の軌道変化、それに伴う日射量変動と、森林火災量との関係を考える上で重要な知見を提供しています。
さらに今後は,縄文時代の微粒炭量の増加の要因についても、様々な視点から研究を進めていきたいと考えています。
地球自転軸の向きの周期的変化により春の日射量が変動し、日本の森林火災量が変化
掲載誌情報
【雑 誌 名】Quaternary Science Reviews
【掲載日時】2017年11月20日(英国時間)
【論 文 名】Long-term fire activity under the East Asian monsoon responding to spring insolation, vegetation type, global climate, and human impact inferred from charcoal records in Lake Biwa sediments in central Japan
【 著 者 】Jun Inoue, Chikako Okuyama, Keiji Takemura
【掲載URL】http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0277379117304572
資金等について
本研究は下記の資金援助を得て実施されました。
?科学研究費基盤研究(A)「琵琶湖堆積物の高精度マルチタイムスケール解析-過去15万年間の気候?地殻変動(代表:竹村恵二)」
?科学研究費基盤研究(C)「後氷期と間氷期のバイオマス燃焼量の比較-気候変動への人為影響の可能性(代表:井上 淳)」
なお,本研究成果は文部科学省主催第三回サイエンス?インカレで奨励賞を受賞した奥山知香子氏(掲載論文の第二著者)の卒業研究のデータを基盤とし、井上が発展?統括したものです。