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スリランカ沿岸部に記録された7,000年間のインド洋大津波の痕跡の発見 -防災?減災に活用される高精度化学分析による研究-

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1.発表者

横山 祐典(東京大学大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター 教授)
後藤 和久(東北大学災害科学国際研究所 災害リスク研究部門 准教授)
宮入 陽介(東京大学大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター 特任研究員)
原口  強(大阪市立大学大学院理学研究科 生物地球系専攻 准教授)

2.発表のポイント

◆20万人以上の犠牲者が出た2004年のインド洋大津波の被害地のひとつであるスリランカで過去の津波の痕跡を復元した。
◆8,000年間に8回以上の津波イベントを特定した。
◆高精度放射性炭素年代測定法による津波の痕跡の新しい特定法を提唱したことは、沿岸地域での将来の減災計画を策定する上で重要な成果となる。

3.発表概要

 東京大学大気海洋研究所附属高解像度環境解析研究センターの横山祐典教授および東北大学災害科学国際研究所の後藤和久准教授、大阪市立大学大学院理学研究科の原口強准教授らの研究グループは、国連国際防災戦略事務局(UNISDR、注1)との協力や科学研究費補助金による津波研究の一環として、2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震に伴うインド洋大津波の大きな被害を受けたスリランカ南東部沿岸の堆積物掘削を行いました。加速器質量分析装置(注2)を用いた詳細な年代決定により、堆積物が過去約8,000年間の古環境記録を保持していることがわかりました。また、同じ地域で掘削を行ったアメリカのグループの研究結果とも、極めて整合的な年代を示し、少なくとも8回の津波の記録が残されていることが明らかになりました。さらに、2種類の試料を用いた年代分析を行うことで、未知の津波イベント(注3)の検出方法を新しく提唱することに成功しました。
 本研究は、過去の津波や高波災害の実態を明らかにし、沿岸地域での将来の減災計画を策定する上で重要な成果となるものです。

4.発表内容

研究背景

図1 スリランカの位置と2004年12月のスマトラ沖地震の震源地
図1 スリランカの位置と2004年12月のスマトラ沖地震の震源地

 2004年12月に発生したスマトラ沖地震?津波(注4)では、死者?行方不明者がインド洋沿岸の9カ国以上で22万人を超えました。今後の防災対策を考える上でも、海溝型地震を発端とする巨大津波の履歴の復元は極めて重要な研究課題です。特にインド洋で起こる巨大津波は、その被害が沿岸の複数国に及ぶため、防災や減災のための国際的な枠組みを考案していく上でも、過去の津波記録の正確な復元は重要です。
 スリランカはスマトラ沖地震の震源地の対岸に位置し(図1)、過去の津波を正確に記録していることが考えられます。また、スリランカ自体は地震が少なく地震などによる海岸線の隆起などが考えられないため、南東部の海岸地帯は、津波の記録を正確に記録していると考えられます。スリランカでも死者?行方不明者が3万人を超え、インドネシアについで、被害者数が大きいことから、将来の防災?減災を考える上でも重要な情報となります。

研究内容と成果

図2-1 カラガンラグーンに浮かべた<br/ >湖底堆積物採取用のプラットフォーム(筏)
図2-1 カラガンラグーンに浮かべた
湖底堆積物採取用のプラットフォーム(筏)

 まず、2004年の津波の浸水情報をもとに掘削サイトの選定を行いました。およそ40の候補地点について検討した結果、海岸線近くの3つのラグーンを選定し、最終的にハンバントータを今回の研究対象としました。カラガンラグーンにプラットフォーム(調査用筏)を係留して(図2)、5-8mのコア試料を採取し、堆積物の詳細について観察を行い(図3)、過去に津波で海から運ばれたと考えられる砂層の特定を行いました。また、年代決定を行うために、より正確な年代を記録しているとされる、貝などの化石を採取しました。

図2-2 カラガンラグーンにおけるコア採取地点
図2-2 カラガンラグーンにおけるコア採取地点



図3 日本で唯一のシングルステージ型加速質量分析装置
図3 日本で唯一のシングルステージ型加速質量分析装置
図4 過去7,000年間の連続した記録。<br/ >少なくとも8回の津波が記録されている。
図4 過去7,000年間の連続した記録。
少なくとも8回の津波が記録されている。

 それらの化石試料について、放射性炭素年代測定分析を行いました。高解像度の放射性炭素年代測定には、日本で唯一の装置であるシングルステージ型加速質量分析装置(東京大学大気海洋研究所所有)を用いました(図3)。
 今回の研究で得られたコア試料は、過去約8,000年間の連続した地層記録であることが分かりました。8,000年前から4,000年前までは世界的な海水準上昇の傾向を捉え、年間2mmという比較的早い堆積速度が観察されましたが、およそ4,000年前からおよそ20分の1というゆっくりとしたカーブに変わったことがわかりました。しかし、そのような大きな堆積環境の変化にもかかわらず、津波によって運ばれたと考えられる層は明確に残されていることがわかりました(図4)。
 また、同じラグーンの異なる地点で採取されたコア中の堆積物を用いたアメリカの研究グループの年代測定結果とも整合的でした。しかし、アメリカグループの研究では今回の年代よりも堆積物の年代が系統的に古い年代を表しており、堆積物自体を使った年代決定で過去環境の正確な年代を得ることの困難さが明らかになりました。この点において、今回の研究ではアメリカグループが解決していなかった年代決定法の問題を、貝等の化石を測定することにより解決することに成功しました。
 興味深いことに、津波の痕跡と思われる層では堆積物と貝化石の年代差がなくなることがわかりました。その中にはこれまで津波によると思われていなかった層準も含まれており、今回の方法を使うことで津波の層の特定を客観的に行える可能性が高くなりました(図4)。

 本研究の結果では、最新の年代決定技術を駆使して海岸の低地堆積物の年代を詳しく調べることで、複数の国々にまたがって被害を及ぼしうる、大規模な津波による防災および減災に大きく役立てる結果を得ることができました。

5.発表雑誌

雑誌名:「Quaternary Science Reviews」(2019年1月16日)
論文タイトル:Holocene Indian Ocean sea level, Antarctic melting history and past Tsunami deposits inferred using sea level reconstructions from the Sri Lankan, Southeastern Indian and Maldivian coasts
著者:Yusuke Yokoyamaa, Shoko Hirabayasib, Kazuhisa Gotoc, Junichi Okunod, Adam D. Sprosona, Tsuyoshi Haraguchie, Nalin Ratnayakef ,and Yosuke Miyairia

a? Atmosphere and Ocean Research Institute, the University of Tokyo, Japan
b? Department of Environmental Changes, Faculty of Social and Cultural Studies, Kyushu University, Japan
c? International Research Institute of Disaster Science, Tohoku University, Japan
d? National Institute of Polar Research, Japan
e? Osaka City University, Japan
f? Department of Earth Resources Engineering, University of Moratuwa,Sri Lanka

6.用語解説

注1:国連国際防災戦略事務局(UNISDR)
各国政府や防災関連機関とともに防災における国際協力をさらに推進することを目的として設立された機関。駐日事務所は神戸にオフィスがある。

注2:加速器質量分析装置
極微量の炭素同位体を分析する装置。ほとんどの同位体が12であるのに対し、放射性である14の同位体は1兆分の1以下と極めて僅かな存在量であるため、炭素をイオン化して加速して分析する必要がある。

注3:津波イベント
地層に記録された地質学的事件のことをイベントと呼ぶ。その地質学的イベントのうち、津波によるもののこと。

注4:2004年12月に起こったスマトラ沖地震?津波
2004年12月26日のマグニチュード9.1の巨大地震。インド洋東部で起こった巨大地震により、沿岸諸国に津波の被害をもたらし、22万人以上という犠牲者を出した。